篠原先生

2022.11.01

知っておきたい二つの誤解

今回は、子どもに関わる場でよく見かける二つのグラフや図に対する誤解についてのお話です。お子さんのためにも、ぜひ正確なところを知っておいてください。

忘却曲線が示すものは…

学習塾などの壁に「エビングハウスの忘却曲線」が張り出されていることがあります。覚えて20分後には58%、1時間経つと44%、9時間後には35%、1日後には34%、2日後には27%、6日後には25%、1か月後には21%というグラフです。
これ、実は学習した内容をどれくらい覚えているかを示したグラフではありません。「節約率」といって、同じ内容を覚え直すまでにかかる時間や回数が、初めて覚えたときと比べて何%になるかを示した数字です。覚え直しは早いほうが、かかる時間や回数を節約できる、ということで、親としては忘却曲線の意味を正しく理解しておいたほうがいいと思います。

覚える内容によって比率も違う

もうひとつ忘却曲線でよくある誤解があります。それは、たとえば歴史や英単語を覚える場合も、こういう比率で同じ内容を覚え直すのにかかる時間や回数が時間の経過に伴って長くなったり多くなったりする、というものです。実は、エビングハウスが行ったのは、無意味音節(Rit、pek、tasのような、単語として存在しえない音節)を覚える実験です。意味的つながりなどがある歴史や英単語の場合は、エビングハウスが実験で使った無意味音節に比べて、はるかに再学習に必要な時間は短くなり、回数は少なくなるのです。

脳の三層構造理解に潜む誤解

もうひとつ、スポーツ教室や野外教育の場などで、脳を三色&三層に色分けした図を見かけることはありませんか? こちら、「私たち人間の脳は、生命の維持や活動に関わる『①爬虫類の脳』、記憶や情動、愛情など感情に関わる『②下等な哺乳類の脳』、そして知的な活動を生み出す『③高等な哺乳類の脳』の三つが層のように重なっています」などと説明されます。加えて、「知的な能力を育てるには、③を支える①と②を鍛える必要があります。体をしっかり動かし、喜怒哀楽に満ちた体験をしましょう」などと書かれていることもあります。
人の脳の大まかな構造を理解する上での比喩としては、脳を三層構造で捉えるのも悪くはありません。運動や感情体験が重要だという主張も間違ってはいないでしょう。しかし、この考え方に潜む、進化を直線的なものだと思ってしまう誤解は正しておいたほうがいいでしょう。

生物の進化は直線的ではない

脳を三色に分けて三層構造で理解する考え方は、アメリカのポール・マクリーン博士が20世紀の中ほどで唱えた「三位一体脳(triune brain)」と呼ばれる仮説がもとになっています。マクリーンは、①爬虫類の脳は鳥類や哺乳類の大脳の底部にある基底核(きていかく)であるとし、爬虫類の脳の周囲を②下等な哺乳類の脳が取り囲んでおり、情動的な行動を調節しているとしました。この部位は今、マクリーンが名づけた大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)と呼ばれています。そして、③新しい哺乳類の高等な脳はヒトで顕著に発達している新皮質(しんひしつ)のこととし、問題解決や記憶・学習に関わっているとしました。
しかし、現在では、哺乳類にしかないと考えられていた大脳皮質が哺乳類以外にもあることがわかっています。たとえば、鳥類ではこれまで基底核と思われていたものが外套(がいとう・広義の大脳皮質を指す解剖学的名称)であることがわかり、名称変更されていますし、魚類や両生類、爬虫類にも外套に相当する領域があることがわかっています。
私たちは魚類→両生類→爬虫類→哺乳類→人類という直線的進化を想像しがちですが、魚類も爬虫類もそれぞれ進化の頂点であるわけで、そこに人間の価値的な優越性はないことは知っておきましょう。
  • ポピー公式HPトップ
  • ポピー子育ておうえん隊
  • 幼児向け連動動画
  • 高校入試情報
  • ポピっこアプリ紹介
  • 公益財団法人 日本教材文化研究財団