篠原先生

2017.12.14

いま大切なのは根っこを育むこと

子どもの脳を育むためには、どうしたらいいのでしょうか。脳科学者であり、幼児ポピーの監修・指導をされている篠原先生に、直接お話を伺いました。

生き物は複雑系 脳に限らず、単純に効くものなんてありません

――近年、Aという食品はBにいい、というように、健康や体に関する一対一対応の情報があふれています。脳についても、そんな情報を求める人がいるようですが、先生の毎月の『脳コラム』を拝見していると、そんな単純なことではないように思うのですが。

Aをすれば必ずBになるという対応関係は、生物学的にはごく珍しい現象です。脳に限らず、基本的に生き物というのは複雑系ですから、単純に線形な反応なんて出るわけがないんですね。だから、『幼児ポピー』で言っている「脳育」というのは、その複雑系がちゃんとバランスをとれるようにするにはどうしたらいいか、ということなんです。
脳が育つということの本当に大きな部分というのは、文字が書けるようになるとか、数が数えられるようになるとかという意味合いではなくて、自分の体の感じをつかめたりとか、他人が何を感じているのかを自然に感じとれたりというような、言葉にできない何かを、知らない間につかめるようになっているということなんです。
AをしたらBとなったという実験データは、個々人の話としてはあくまで仮説です。何よりも脳の話というのは、今こうだという話と、明日こうなるという話は全然違っていて、そのくらい自由度に満ちていますから、そのあたりのデータに付する感覚が重要じゃないかと思います。

人と人との間に起こる「共振」を幼児期に体験していることが重要

――以前読者から、昨年6月号の『脳コラム』「自伝的記憶を共有しよう」への感想として、毎日忙しくしていて、親子で自伝的記憶の共有ができていないと反省したけど、なかなか難しい。買い物帰りに一緒に夕日を見るというのではダメですか?という投稿がありました。それでもいいと思ったのですが、どうでしょうか。

それで全然OKです。見ようという試みだけでもOKです。というのは、共振(コ・レギュレーション:二者の間に生じる共同的な調整行動)ということが、発達にはとても重要だから。親子がお互いにある働きかけをして、それで変動が起こって、たまにはそれがうまくいかないことがあっても、その修復をして、というプロセスを共有しておいてほしいと、「自伝的記憶を共有しよう」で話したと思ってくれていいんですね。
そこが抜けてしまうと、いくらコミュニケーションスキルを教育しても追いつかない部分が出てきます。だから、読者の質問に戻れば、夕日を親子で一緒に眺めるだけでも充分過ぎるほど充分です。強いて言うなら、そのときに体のどこかをふれ合ってほしい。そうすると、言葉の世界での共有とか、視界の世界での共有だけじゃなくて、触覚の共有だとか、あるいはもっと、神経系統の交感神経や副交感神経、迷走神経だとか、そういうところの共有、共振が出てくるかもしれません。そして、そこが発達上本質的である可能性がありますから。
そういう無意識的な部分で親子が融合するみたいな感覚、親子でなくても他者とのそういう感覚を、小さいころにちゃんと体験していないといけないのではないか、という話が発達の研究で今盛んに出てきています。

※この記事は、「ほほえみお母さん&お父さん」2008年4月号に掲載されたものです。

親子で何かしているとき子どもが発するスパーク

――そうした共有をするには、親子で一緒にいるだけでいいのでしょうか。

ただ一緒にいるだけでもいいけれど、たとえば以前『幼児ポピー』で「いもむしごろごろ」というページがありましたね。あれを「いもむしごろごろ」と言いながら、一緒にそれだけをやってもいいんですが、やっているうちに子どもがお母さんの上に乗っかるということを始めてくれてもいいんです。そのときに、お母さん側が子どものそのレギュレーションの変化みたいなものを感じとって、合わせ技をかけて、「いもむしごろごろ」を始めたんだけれど、結果はなぜか馬跳びになっていたみたいなところが、すごく重要なんですね。
そんなふうに、『幼児ポピー』の課題も、何がなんでもそのとおりにしなければと強く考える必要はないと思っています。あくまでも子どもの成長を促す素材だととらえてもらって、そこで変なスパーク、先ほどの例で言えば、お母さんの上に乗り始めるみたいなことが起きてくれていいんです。
ただ、そのときに気をつけなければいけないのは、子どものスパークに合わせるというやり方は、基本的にとらないほうがいい。親御さんがリードして、それも意図的にやらせるということではなく、リードしていくという形をとらないと、子どもは楽しさにかまけて動くだけで、なかなか次のステップにつながっていきませんから。お互いの変化を楽しんでいくんだけれど、そこは、親が方向性みたいなものをつくっていく。

――親のリードというのは、「いもむしごろごろ」の例で言えば、子どもが親の上に乗って遊び始めたとき、親が何気なくふっと馬のポーズになってみるというようなことですね。ちょっと舵をとるみたいな感じでしょうか。

そうそう。舵をとりきらなくてもいいんですが、最初の舵切りは親であるほうがいいと思います。
子どもにまかせきってしまった場合、なんていうかな、脳を育てていくという方向じゃなく、「楽しく興奮しました。以上終わり」ということにどうしてもなっていくので。うまく共振するということと、子どものペースに合わせないということの二つが大切です。

親は自分を感じるのと同じように子どもを感じとってもらいたい

――親子で何かをやるということでいえば、一緒に料理を作るとか、お手伝いをさせるということでもいいのでしょうか。

それで充分です。ただ、そのときにお母さん側にお願いしたいのは、自分に起こっていることを感じるのと同じように、子どもに起こっていることを感じとってもらいたい、共振してもらいたいということです。
そうでないと、お料理をするために一緒にいるという、仕事的、道具的な関係になってしまいます。そうではなくて、共感的コミュニケーションのためにやるんですから。
ちょっと離れたところから自分の体の反応をながめる感覚で見ていただくと、料理をするときには最初こう構えるとか、自分の体側や心側でどういうことが起こっているのか、言葉に表すことはできないけれど、なんとなくわかりますよね。そういう感覚で子どもを見てほしい。親御さんがそういうことができれば、子どものほうもそうできやすくなってきて、それが成長の非常に大きな要素なんです。そこが遮断されると、どうしても他者を道具としてしか扱えなくなって、それは結構不幸なことだし、かわいそうだと思います。
まあ、お母さんは自然にできてることだと思いますし、子どもも知らない間にできるようになっていくはずの部分ですが、今は少し危うくなりかけているので、ちょっとまじめに意識してもらえるといいですね。

共振を実感できる簡単な実験

――自分と同じように子どもを感じるということ、共振という感覚がつかめそうでつかめないのですが。

では、誰かと人さし指の指先どうしを合わせて、円を描くように動かしてみてください。実際にやってみると、最初は緊張してぎこちない動きが、だんだん合ってきて、スムーズになってきますよね。相手がそうなっているのも、自然に伝わってきますよね。お互いにそう感じとっている、その感覚です。
ものすごくわかりやすく言うと、その辺ができなくなると恋人関係が壊れる(笑)。
「いもむしごろごろ」もこういう感じでやってもらいたい。つながってないんだけど、つながっているような感じにできますよね。お互いに感じとりながら。

子どもがふだん出会える人が少なくなっている今、親が補っていかないと

――相手とつながっているような感覚をお互いに感じとれる体験を、小さいときにたくさんしていることが大切なんですね。相手は親が一番多いでしょうが、他の人ともあることでしょうね。

そのとおりです。今の子どもは、ふだん会う人の数が少なくなっていますよね。たとえば昔は、家に帰ってからも六人の友だちに会って、そのうちの誰かの家に行ってその親に会ってとか、それを3日間で考えたら結構な数になりますが、今は親だけとか、多くても友だち一人か二人で。子どもが出会う表情や感情の強弱、あるいは体の動かし方といったことの数やバリエーションを考えると、その差は大きいと思うんですよ。だから、全部補えるかどうかわかりませんが、親は少し意識的にそこ、人と一緒にいるとき何かを感じとったり、他者の何かに共振できる体験を濃くしてあげてほしいですね。

脳が育つということには根っこがちゃんとしていることが大切です

脳の三位一体仮説というのがあって、人間の脳は、爬虫類脳、旧哺乳類脳、新哺乳類脳の三つの階層からなり、それが進化の段階に対応しているというものです。爬虫類脳というのは、爬虫類でも共通に持っているような脳幹や視床下部を中心とする部位で、そこは生きるために必要なこと、食欲の統制や怒りの統制などをやっています。その上には旧哺乳類脳があって、そこには扁桃体と海馬を含む辺縁系があり、扁桃体は好き嫌いを、海馬は記憶をするところです。象徴的に言えば、旧哺乳類脳は愛とその記憶をやっている(笑)。それが爬虫類脳を囲って初めて、哺乳関係というのが生まれてくる。おっぱいをあげたり、共有関係ができる。だから、共振の根っこもたぶんここです。その上に大脳新皮質を含む新哺乳類脳がある、というのが人の脳だというのです。
ふだん『脳コラム』では、「見つけ遊び」をすると前頭葉が活性化されるというように、大脳新皮質のどこそこを育てましょうという話をしています。ですが、大脳新皮質はそれだけで独立してあるわけではありません。爬虫類脳があって、旧哺乳類脳があって、大脳新皮質が活動できる。根っこのほうで、共振みたいなことが起こるということがあって、初めて大脳新皮質が意味を持ってくるんです。だから、6歳前くらい、あるいはもうちょっと前かもしれませんが、その時期は根っこをちゃんとする、感じ合うことが大切だと思います。

子どもと目線を合わせて愛情たっぷりに名前を呼んで感じ合いましょう

――脳も、まず根っこがちゃんと育つことが重要だとよくわかりました。最後に、読者のみなさんにメッセージをお願いします。

子どもと目線を合わせて、「○○~ ♥」と名前を呼んで、ついでに肩とか、どこか肌をふれ合う形で、「ゆ~れて~」と体をゆらゆらさせるみたいなことをしましょう。そういう雰囲気の延長で学習もしてもらいたいですね。
目線共有と、情動を共有するというのと、身体感覚を共有する、それがゆったりゆらゆらみたいな感じになる状態ですね。そのための道具として『幼児ポピー』も使ってほしいし、極端に言えば、その感覚を育むために、ここしばらくの日常生活があると思ってもらってもいいくらいです。
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